金曜日はある組合の新歓パーティーに来賓として参加しました。
50人弱の方が来られてました。
びっくりしたのはほとんどが20代から30代の若い人だったこと。僕より年下の方々が運営役で、パーティーが進んでいきました。
ストップウォッチゲームやジェスチャーゲーム、ジャンケン大会など、来賓のくせにとても楽しんで過ごしてしまいました。
新規採用の方が10人少しで、あとは職場の先輩方。みんなで歓迎してる雰囲気があったかい感じでした。
やりがいはあるけど、なかなかヘビーな職場やと思うのですが、こんな先輩方とならがんばれそう、とみんな思ったんじゃないでしょうか。
うーむ、自分が企画するときの参考にしたいと思いますです。
2012年04月23日
2012年04月22日
生命を生み出す母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます
今日は、昨年の3月に亡くなった方を偲ぶ会でした。タイトルはその方が遺した言葉です。
多くの方がエピソードを話されました。母親の立場から、食の安全や平和運動、子育てについて粘り強く取り組んだ話好きのおばちゃんでした。
倒れたときは、グアムに行き、米軍基地建設予定地の住民と意見交換し、帰国後その報告を京都で行い、次の企画の準備中だったそうです。
電池が切れるまで走り続けたと表現した方がおられましたが、ほんまやなあと思いました。
話を聞きながら、とっても素敵な方やったんやなと改めて感じました。
人生の先輩の大きな背中を感じた一日なのでした
多くの方がエピソードを話されました。母親の立場から、食の安全や平和運動、子育てについて粘り強く取り組んだ話好きのおばちゃんでした。
倒れたときは、グアムに行き、米軍基地建設予定地の住民と意見交換し、帰国後その報告を京都で行い、次の企画の準備中だったそうです。
電池が切れるまで走り続けたと表現した方がおられましたが、ほんまやなあと思いました。
話を聞きながら、とっても素敵な方やったんやなと改めて感じました。
人生の先輩の大きな背中を感じた一日なのでした
2012年04月14日
捏造リストと橋下大阪市長
2月10日、大阪維新の会杉村幸太郎大阪市議が、大阪市議会市政改革特別委員会で、大阪交通労働組合が平松邦夫前市長を支援する「知人・友人紹介カード」の配布・回収リストを作成したとして追及しました。それを受け、橋下市長は「しっかり調査したい」と述べ、市特別顧問の野村修也弁護士に指示。市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動などについて調査することを目的する憲法違反の市職員アンケート(思想調査)を強制しました。
しかし、この事件はウソでした。
↓
3月26日 大阪市交通局がリストは同局鉄道事業本部所属の非常勤嘱託職員によって捏造(ねつぞう)されたものであることが確認されたと発表。
同日 橋下市長は「市交通局の中で捏造問題があり、市民にお騒がせしたことは大変申し訳ない。これは組合がやったことではない」と認める一方、市議会で同リストの存在を取り上げた杉村幸太郎議員や所属する「大阪維新の会」の責任については「杉村議員は非常に慎重な言い回しで質問している。『維新の会』にも杉村議員にも何の問題もない」とかばい立て。
4月12日の市議会で維新市議団の責任を追及する声が上がりましたが、維新代表を務める橋下市長は「役所や公務員の悪口を言うのが議員の仕事。 組合は公務員の団体で、個人攻撃をしたわけじゃないから問題ない」と開き直り。
うーん、醜いっすね。醜悪ってやつですな。
ろくに調べもしないで、労働組合を追及したあげく、ウソと分かってしぶしぶ市民に対しては謝るが、当事者の労働組合にはひとことのお詫びもない。
だいたい、「役所や公務員の悪口をいうのが議員の仕事」なわけないし!
そもそも議員も、役所や公務員も、大多数は市民サービスの向上に努めるという点では、同じベクトルを向いているはずで、いわばパートナーでしょ。その議員の集まりである政党の代表として、議員の仕事を「悪口屋」におとしめるなんて。
さらにいうと、橋下氏は市長という行政のトップ、社長じゃないっすか。社長が従業員で作る労働組合をウソで攻撃して、しかも開き直りとは。役所や公務員は、法律や条例などのルールに従って仕事をしてるんですよ。ルール違反で、組織をかき回した責任をどう感じているのか。
無責任って言葉が軽く思えるほど、無責任。
橋下氏が大阪市長に就任して4ヶ月近く。それからやってきたことって、今回の「捏造リスト」問題に発した思想調査、府市統合本部をトップにしての独裁政治、独裁組織を作るための職員基本条例&教育基本条例、君が代強制、市民生活ぶった切りの施策・事業見直し試案など、まったく大阪再生に役立たないことばかり。
選挙に通ったらあとは「白紙委任」とちゃうよ。橋下氏に奉仕するための組織作りに時間とエネルギーとお金を割くんじゃなくて、ちゃんと市民のためのまともな仕事をして欲しい。
参考資料 一連の捏造リスト問題をまとめておられます。
ナベテル業務日誌
http://nabeteru.seesaa.net/article/261507855.html
2012年04月08日
馬鹿親日記目次
こんにちは。4月は何かと忙しいですね。よれよれです。
自分が投稿している記事が目次にまとまりましたのではっときます。
http://unionsakai.seesaa.net/article/263187873.html#more
自分が投稿している記事が目次にまとまりましたのではっときます。
http://unionsakai.seesaa.net/article/263187873.html#more
2012年03月25日
どこの世界の話よ
地震が起こって、津波がきて、原発事故がおこって、放射能汚染が広がった浪江町の一年を取り上げた番組を見ました。
→参考:浪江町の位置と空間線量(文部科学省)
5640-D.pdf
当初町長は、「全町民帰還」を掲げ、国に完全除染を求めていました。
しかし、国が出してくる案は、「2年で放射線量を半減させる」ことでした。地元には、不満が広がりました。「子どものことを考えると、こんなことでは戻ることはできない」「戻っても人はいない、仕事はない、では」。
浪江町民が住める代替地を要望すべきという声も挙がります。国の支援を前提にしていた町長は、辛い立場におかれていました。
12月16日、野田首相は原発事故収束宣言。さらに国は、「汚染状況によって地域を3分割し、最も汚染がひどい年間50ミリシーベルトを超す地域は、除染を見送る」と発表。浪江地域によって町民を分断する決定でした。
「全町民帰還」方針は、苦しくなりました。年末の浪江町復興ビジョン会議では、完全に除染がされても浪江町に戻るつもりはないと答えた方は32%に。さらに、戻るという方も、ほとんどが3年以内と回答されたことが明らかに。
「3年たつと、地震で無事だった家もつぶれてしまう。この前、初めて家に戻ってみたら畳にきのこが生えていた」とメンバーは語ります。
年明けの復興ビジョン会議では、放射線の専門家から、「50ミリシーベルト地域は、東電によってダムが造られて湖底に沈んだ、と考えた方がいい。戻ることは不可能」と言われ、早期帰還は全く無理なことが明らかになりました。
会議では、コミュニティを守るため、住み慣れた土地“浪江”を離れることを意味する「代替地を求める」を決定。この動きは近隣町村に広がっているそうです。
「子どもの登校用の靴と学校内で使う靴と校舎内で使う靴、それぞれが汚染されていないか気をつけるって、どこの世界の話よ」と語るメンバーの言葉が印象的です。
東日本大震災の避難者は34万人、福島第一原発事故の避難者は10万人いると言われてます。つまり、自分のなじみの土地も、近所のつながりも、仕事も、思い出も、役場も、人生設計も失って、仮設住宅や避難先に住んでいる人の数ってことです。
そんな人たちに対して、「汚染がひどすぎる地域は除染しません」という国。ましてや代替地や国が土地を買い上げる話などほとんど検討が進んでいない。
一年経ってこんな状況。若狭湾の原発再稼動を急いでる場合ではない!と思う。優先順位を間違えまくっていると思う。
→参考:浪江町の位置と空間線量(文部科学省)
5640-D.pdf
当初町長は、「全町民帰還」を掲げ、国に完全除染を求めていました。
しかし、国が出してくる案は、「2年で放射線量を半減させる」ことでした。地元には、不満が広がりました。「子どものことを考えると、こんなことでは戻ることはできない」「戻っても人はいない、仕事はない、では」。
浪江町民が住める代替地を要望すべきという声も挙がります。国の支援を前提にしていた町長は、辛い立場におかれていました。
12月16日、野田首相は原発事故収束宣言。さらに国は、「汚染状況によって地域を3分割し、最も汚染がひどい年間50ミリシーベルトを超す地域は、除染を見送る」と発表。浪江地域によって町民を分断する決定でした。
「全町民帰還」方針は、苦しくなりました。年末の浪江町復興ビジョン会議では、完全に除染がされても浪江町に戻るつもりはないと答えた方は32%に。さらに、戻るという方も、ほとんどが3年以内と回答されたことが明らかに。
「3年たつと、地震で無事だった家もつぶれてしまう。この前、初めて家に戻ってみたら畳にきのこが生えていた」とメンバーは語ります。
年明けの復興ビジョン会議では、放射線の専門家から、「50ミリシーベルト地域は、東電によってダムが造られて湖底に沈んだ、と考えた方がいい。戻ることは不可能」と言われ、早期帰還は全く無理なことが明らかになりました。
会議では、コミュニティを守るため、住み慣れた土地“浪江”を離れることを意味する「代替地を求める」を決定。この動きは近隣町村に広がっているそうです。
「子どもの登校用の靴と学校内で使う靴と校舎内で使う靴、それぞれが汚染されていないか気をつけるって、どこの世界の話よ」と語るメンバーの言葉が印象的です。
東日本大震災の避難者は34万人、福島第一原発事故の避難者は10万人いると言われてます。つまり、自分のなじみの土地も、近所のつながりも、仕事も、思い出も、役場も、人生設計も失って、仮設住宅や避難先に住んでいる人の数ってことです。
そんな人たちに対して、「汚染がひどすぎる地域は除染しません」という国。ましてや代替地や国が土地を買い上げる話などほとんど検討が進んでいない。
一年経ってこんな状況。若狭湾の原発再稼動を急いでる場合ではない!と思う。優先順位を間違えまくっていると思う。
2012年03月04日
子どもメモ
最近、こちらの呼び掛けに子どもが応えてくれるパターンが増えてきました。
いただきますといったら手をあわせたり、ばいばいといったら手をふったり、ほめたら手をたたいたり。
前から自分の名前は分かってるようでしたが、いつの間にかこんないろいろなやりとりができるようになるんやなと思いましたです。
忘れるので書いておきます
いただきますといったら手をあわせたり、ばいばいといったら手をふったり、ほめたら手をたたいたり。
前から自分の名前は分かってるようでしたが、いつの間にかこんないろいろなやりとりができるようになるんやなと思いましたです。
忘れるので書いておきます
2012年02月26日
子連れ商店街(案)
堺市内にある山之口商店街っていう古い商店街の活性化策について、勝手にメモを書いてみました。
勝手に書いただけなので、僕の妄想ですが、ここから誰か肉付けしてくれないかな〜。人頼みですが。
○山之口商店街について
(コンセプト)
子連れ商店街
→地域に住む子育てママが気軽に立ち寄れる場所づくり
(理由)
・子育てママは、遠くに行けない。地域で生活している。
・子育てママには独自のニーズがあるため、通常の商店では対応できない。
→授乳コーナー、子どもを遊ばせるスペース、健康に配慮した食品
・地域の商店街に、活発に消費を行う若者層が来るようになるのは至難の業。
(地域資源)
・子育てサポートルーム(商店街内)
→親子で遊ぶ場、交流の場
・堺保健センター
→健診、講習等に親子が立ち寄る機会がある。
(提案内容)
・子育てサポートルームを中核とした店舗群の形成
○授乳コーナーづくり
○アスレチックゾーン整備(参考:泉ヶ丘子ども広場)
○子ども服
○カフェ
○パン屋
○自然食品、こだわり食材屋、八百屋
○身体にやさしい食材を使った店
○ベビーカーが通れるような商品陳列、段差解消
○「子連れ商店街」をアピールする宣伝物
○駐車場→コインパーキングあり
(現在の取り組みとの整合)
・路面電車との連携によるまちづくりを模索していた。しかし、09年12月さかいLRT研究交流センターは閉鎖
・商店街は、現在与謝野晶子と連携したまちづくりに取り組んでいる。旧堺病院跡地に整備予定の観光施設と連動していく?
→子連れが立ち寄れる商店街づくりは、若い観光客の集客にも資する。
○取り組み主体
→誰やろ?
勝手に書いただけなので、僕の妄想ですが、ここから誰か肉付けしてくれないかな〜。人頼みですが。
○山之口商店街について
(コンセプト)
子連れ商店街
→地域に住む子育てママが気軽に立ち寄れる場所づくり
(理由)
・子育てママは、遠くに行けない。地域で生活している。
・子育てママには独自のニーズがあるため、通常の商店では対応できない。
→授乳コーナー、子どもを遊ばせるスペース、健康に配慮した食品
・地域の商店街に、活発に消費を行う若者層が来るようになるのは至難の業。
(地域資源)
・子育てサポートルーム(商店街内)
→親子で遊ぶ場、交流の場
・堺保健センター
→健診、講習等に親子が立ち寄る機会がある。
(提案内容)
・子育てサポートルームを中核とした店舗群の形成
○授乳コーナーづくり
○アスレチックゾーン整備(参考:泉ヶ丘子ども広場)
○子ども服
○カフェ
○パン屋
○自然食品、こだわり食材屋、八百屋
○身体にやさしい食材を使った店
○ベビーカーが通れるような商品陳列、段差解消
○「子連れ商店街」をアピールする宣伝物
○駐車場→コインパーキングあり
(現在の取り組みとの整合)
・路面電車との連携によるまちづくりを模索していた。しかし、09年12月さかいLRT研究交流センターは閉鎖
・商店街は、現在与謝野晶子と連携したまちづくりに取り組んでいる。旧堺病院跡地に整備予定の観光施設と連動していく?
→子連れが立ち寄れる商店街づくりは、若い観光客の集客にも資する。
○取り組み主体
→誰やろ?
2012年02月24日
マルチン・ニーメラー牧師の告白っす
分断でなくて、連帯を。以下、引用するです。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師の告白−
ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。
次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。
それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。
それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった。
( 丸山真男 『現代政治の思想と行動』 未来社 )
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師の告白−
ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。
次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。
それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。
それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった。
( 丸山真男 『現代政治の思想と行動』 未来社 )
2012年02月21日
「宝は、すぐ足もとにある デザイナー・梅原真」
梅原氏は、土佐のいごっそうデザイナーです。
彼は、“田舎の農林漁業の商品デザインしか手掛けない”というこだわりがあります。
これまで150件のヒット商品を生み出してきました。北山村のじゃばら、馬路村のゆず、四万十の地栗など、僕ですら知っている商品のデザインを行っていました。
そんな梅原氏について、取り上げていました。
感想は、いいものをどう伝えるか。デザイナーさんの仕事の大切さを少し知れたかなと思います。また、一次産業の可能性について希望がもてましたです。風景を残したいっすね。
(以下は番組メモ)
番組〜プロフェッショナル 仕事の流儀〜
梅原は、仕事を受ける際、依頼主の本気度を確かめる。
この日は、島根県隠岐・海士町にいた。この島で、このわたを売り出したいと語る29歳の依頼主と話していた。Iターンした青年は、もともと島にある食材を活かしたいと語る。
そんな梅原のこだわり
「熱を持った人の、伴走者になる」
どうやって生産者の熱に応えるか。
梅原は、商品のネーミングと文字のデザインにこだわる。
ひとつの案件について、数ヶ月考える。
梅原は、地方の一次産業にこだわる。不況で、一次産業はどこも厳しい戦いを強いられている。20年以上現場で働く人々の営みを見つめ続けてきた。
ひとつの思いがある。
「日本の“風景”を残したい」
「風景をみればその国の豊かさが分かると思う」と梅原は語る。みかんがあって、それがデザインを掛け合わせることで、みかんに価値がつけば、その風景は残る。その価値は自分にとって大きなものだという。
どうやったらデザインになる?
例えば、漁師がデザインについて話すとき、「すばらしいデザイナーにやってもらったんです」でなく、「親戚のおじさんに書いてもらった」というほうが興味をそそられる、と話す。
梅原は、高知市出身。豊かな自然の中で育った。デザインに興味を持ったのは、中学校の頃。雑誌の表紙にあこがれ、いつしかデザインに関わることを夢見た。
大学卒業後、地元のテレビ制作会社に就職。大道具係だった。テレビは華やかで楽しい。しかし、次第に自分がいいと思うデザインをできなくなった。上司や同僚との衝突がふえた。
梅原は、会社を辞めてフリーになる決心をした。それからは、ショーウインドーのディスプレイなどを手掛け、がむしゃらに働いた。仕事に追われて数をこなすうちに疑問がわきあがってきた。
自分は何か残せているのだろうか。30代の半ば過ぎだった。
それまでは、もといた組織に対して、自分の方が正しいだろうということを示したいという意識で仕事をしていた。しかし、空虚だった。これまでのものを集めても、明日にはなくなってしまうかもしれないものだった。
そんなとき、転機が訪れた。
一人の漁師が訪ねてきた。かつおの一本釣り漁師の明神宏幸さん。一本釣りは、まき網業におされていた。食べていくため、昔ながらのわらで焼いたかつおを売り出したいと思い、デザインを依頼してきた。
一本釣りは子どものころから身近な土佐の風物詩。その風景を残す仕事がしたい。梅原は没頭した。
パッケージの色を悩んだ。魚介類のパッケージは青が常識だったが、わらを表現するため、あえてレンガ色に。箱には、昔ながらの一本釣りのようすを手書きで書いた。メッセージは、「漁師が釣って、漁師が焼いた」と書いた。
これまであこがれてきた洗練されたデザインとは違うが、生産者の熱意を精一杯こめた。販売を開始すると、売上は予想をはるかに超えるスピード。9年後には年間20億円以上を売り上げる大ヒットとなった。一本釣り漁も活性化した。
デザインで大切な風景を残そうと決めた。
「自分が考えた(一本釣り再生の)ストーリーが現実になっていくことの喜びを感じながらやっていく間は、そこに新しい価値をみいだせる、世の中の考え方を変えていこうよ。」
梅原は、ひとつひとつと向き合い続けた。
昨年11月、取り組んでいた案件は県内の養鶏農家からの依頼。たまごがオレンジ色で、間違いなくおいしい。
梅原は、仕事を引き受けるかどうか現場を見て判断する。その農場は、草が生い茂る中で鶏が放し飼いだった。全部で500羽。梅原も初めてみる光景だった。
農場主は、池田司さん39歳。半年前から独自のやり方で飼育。取れるたまごは一日300個。しかしほとんど売れていない。問題は一個で100円以上の値段だった。飼料米とはいえコシヒカリを使うなど、エサは本格的。鶏のストレスを減らすため、広い土地を使っていた。
池田さんは、バイオテクノロジーの研究者だったが、農業を目指して脱サラした。しかし、たまごが売れず、貯金を崩す日々。
パッケージを見ると、商品名の「なません」(生専用たまご)は眼を引くが文章が長い。ブランドの名前が、うまく生産者のこだわりを表せていないと感じた。
名前の候補を挙げてみたがうまく決まらない。「この商品そのものの本質的なことを見つけ出したとき、デザインの半分ぐらいはきまる」と梅原は語る。
池田さんの趣味に至るまであらゆることを聞き出していく。話の中からネーミングのアイデアを探す。山のたまご、丘のたまご、地卵、ネーミングにねばりにねばった。3時間に及ぶ話し合い。
翌朝、もういちど養鶏場にたちよった。「かなりしっかりやられているもの(こだわりのたまご)が、社会のパイプができていない(売れていない)。これがうまくできないと日本はダメやろみたいな」とつぶやく。
ネーミング。鶏が庭でいきいきしている様子の名前を書き出す。生産者である池田さんの名前をつける。割りばしで名前を書き出した。
考えて、商品名から「ニワトリ」をはずした。童話性がすぎると感じたのだ。遊びごころがすぎると商品の信頼性が落ちてしまう。大事なのは安心安全な卵という池田さんのこだわり。
しかし、それにとらわれすぎると無味乾燥なネーミングになる。デザインがその人の人生を左右することもある。
「志を、カタチにする」
男一人が卵を生産している風景はほっといたらフェードアウトするかもしれない。
その熱意をどうカタチにしていくのか。
試行錯誤の末、商品名は「池田のなません」にした。側面に、安心安全なたまごを示すため、こだわりのエサを記した。手に取りやすいように、二個いりも作る。
二ヵ月後、新しいパッケージで売り出した。10時販売開始。飛ぶようにではない。しかし、確実に売れていく。この日売れたのは10パック。パッケージにこめた思いは確かに伝わった。
プロフェッショナルについて、梅原はこう語る。
「あらゆる場面に対する空想を現実にする人をプロフェッショナルといいたい」
彼は、“田舎の農林漁業の商品デザインしか手掛けない”というこだわりがあります。
これまで150件のヒット商品を生み出してきました。北山村のじゃばら、馬路村のゆず、四万十の地栗など、僕ですら知っている商品のデザインを行っていました。
そんな梅原氏について、取り上げていました。
感想は、いいものをどう伝えるか。デザイナーさんの仕事の大切さを少し知れたかなと思います。また、一次産業の可能性について希望がもてましたです。風景を残したいっすね。
(以下は番組メモ)
番組〜プロフェッショナル 仕事の流儀〜
梅原は、仕事を受ける際、依頼主の本気度を確かめる。
この日は、島根県隠岐・海士町にいた。この島で、このわたを売り出したいと語る29歳の依頼主と話していた。Iターンした青年は、もともと島にある食材を活かしたいと語る。
そんな梅原のこだわり
「熱を持った人の、伴走者になる」
どうやって生産者の熱に応えるか。
梅原は、商品のネーミングと文字のデザインにこだわる。
ひとつの案件について、数ヶ月考える。
梅原は、地方の一次産業にこだわる。不況で、一次産業はどこも厳しい戦いを強いられている。20年以上現場で働く人々の営みを見つめ続けてきた。
ひとつの思いがある。
「日本の“風景”を残したい」
「風景をみればその国の豊かさが分かると思う」と梅原は語る。みかんがあって、それがデザインを掛け合わせることで、みかんに価値がつけば、その風景は残る。その価値は自分にとって大きなものだという。
どうやったらデザインになる?
例えば、漁師がデザインについて話すとき、「すばらしいデザイナーにやってもらったんです」でなく、「親戚のおじさんに書いてもらった」というほうが興味をそそられる、と話す。
梅原は、高知市出身。豊かな自然の中で育った。デザインに興味を持ったのは、中学校の頃。雑誌の表紙にあこがれ、いつしかデザインに関わることを夢見た。
大学卒業後、地元のテレビ制作会社に就職。大道具係だった。テレビは華やかで楽しい。しかし、次第に自分がいいと思うデザインをできなくなった。上司や同僚との衝突がふえた。
梅原は、会社を辞めてフリーになる決心をした。それからは、ショーウインドーのディスプレイなどを手掛け、がむしゃらに働いた。仕事に追われて数をこなすうちに疑問がわきあがってきた。
自分は何か残せているのだろうか。30代の半ば過ぎだった。
それまでは、もといた組織に対して、自分の方が正しいだろうということを示したいという意識で仕事をしていた。しかし、空虚だった。これまでのものを集めても、明日にはなくなってしまうかもしれないものだった。
そんなとき、転機が訪れた。
一人の漁師が訪ねてきた。かつおの一本釣り漁師の明神宏幸さん。一本釣りは、まき網業におされていた。食べていくため、昔ながらのわらで焼いたかつおを売り出したいと思い、デザインを依頼してきた。
一本釣りは子どものころから身近な土佐の風物詩。その風景を残す仕事がしたい。梅原は没頭した。
パッケージの色を悩んだ。魚介類のパッケージは青が常識だったが、わらを表現するため、あえてレンガ色に。箱には、昔ながらの一本釣りのようすを手書きで書いた。メッセージは、「漁師が釣って、漁師が焼いた」と書いた。
これまであこがれてきた洗練されたデザインとは違うが、生産者の熱意を精一杯こめた。販売を開始すると、売上は予想をはるかに超えるスピード。9年後には年間20億円以上を売り上げる大ヒットとなった。一本釣り漁も活性化した。
デザインで大切な風景を残そうと決めた。
「自分が考えた(一本釣り再生の)ストーリーが現実になっていくことの喜びを感じながらやっていく間は、そこに新しい価値をみいだせる、世の中の考え方を変えていこうよ。」
梅原は、ひとつひとつと向き合い続けた。
昨年11月、取り組んでいた案件は県内の養鶏農家からの依頼。たまごがオレンジ色で、間違いなくおいしい。
梅原は、仕事を引き受けるかどうか現場を見て判断する。その農場は、草が生い茂る中で鶏が放し飼いだった。全部で500羽。梅原も初めてみる光景だった。
農場主は、池田司さん39歳。半年前から独自のやり方で飼育。取れるたまごは一日300個。しかしほとんど売れていない。問題は一個で100円以上の値段だった。飼料米とはいえコシヒカリを使うなど、エサは本格的。鶏のストレスを減らすため、広い土地を使っていた。
池田さんは、バイオテクノロジーの研究者だったが、農業を目指して脱サラした。しかし、たまごが売れず、貯金を崩す日々。
パッケージを見ると、商品名の「なません」(生専用たまご)は眼を引くが文章が長い。ブランドの名前が、うまく生産者のこだわりを表せていないと感じた。
名前の候補を挙げてみたがうまく決まらない。「この商品そのものの本質的なことを見つけ出したとき、デザインの半分ぐらいはきまる」と梅原は語る。
池田さんの趣味に至るまであらゆることを聞き出していく。話の中からネーミングのアイデアを探す。山のたまご、丘のたまご、地卵、ネーミングにねばりにねばった。3時間に及ぶ話し合い。
翌朝、もういちど養鶏場にたちよった。「かなりしっかりやられているもの(こだわりのたまご)が、社会のパイプができていない(売れていない)。これがうまくできないと日本はダメやろみたいな」とつぶやく。
ネーミング。鶏が庭でいきいきしている様子の名前を書き出す。生産者である池田さんの名前をつける。割りばしで名前を書き出した。
考えて、商品名から「ニワトリ」をはずした。童話性がすぎると感じたのだ。遊びごころがすぎると商品の信頼性が落ちてしまう。大事なのは安心安全な卵という池田さんのこだわり。
しかし、それにとらわれすぎると無味乾燥なネーミングになる。デザインがその人の人生を左右することもある。
「志を、カタチにする」
男一人が卵を生産している風景はほっといたらフェードアウトするかもしれない。
その熱意をどうカタチにしていくのか。
試行錯誤の末、商品名は「池田のなません」にした。側面に、安心安全なたまごを示すため、こだわりのエサを記した。手に取りやすいように、二個いりも作る。
二ヵ月後、新しいパッケージで売り出した。10時販売開始。飛ぶようにではない。しかし、確実に売れていく。この日売れたのは10パック。パッケージにこめた思いは確かに伝わった。
プロフェッショナルについて、梅原はこう語る。
「あらゆる場面に対する空想を現実にする人をプロフェッショナルといいたい」
2012年02月18日
思想調査
記事を紹介します。
http://unionsakai.seesaa.net/pages/user/m/article?article_id=252510651 「橋下市長は憲法違反のアンケートの撤回を」(堺市職労ブログ)→昨日凍結っていったけど、謝罪と撤回がいるでしょ。
人権無視のブラック企業もびっくりのファンキーな内容です。
http://unionsakai.seesaa.net/pages/user/m/article?article_id=252510651 「橋下市長は憲法違反のアンケートの撤回を」(堺市職労ブログ)→昨日凍結っていったけど、謝罪と撤回がいるでしょ。
人権無視のブラック企業もびっくりのファンキーな内容です。
2012年02月11日
熱海研修
昨日今日と、組合の一泊研修会で熱海に行ってきました。
記念講演で、講師の方が、セールスについて、「こんなにいいものがある!」とおしつけトークをしても相手は心を開かない。相手が「自分にとって役に立つ」と思えば、すすんで受け入れてくれる。トップセールスの人は、商品を売らないで、人柄を売るのだ。ということを語っていました。
うーん難しいけど、日常にも通じる話。
そういえば、その講師の方の話を聞く気になったのは、最初の自己紹介のときに、@こういう機会に多数講演をしている専門家の方、A受講者の立場を理解しているよという姿勢、B仕事のかたわら、社会貢献活動もしているということ、を話されていたからかな。
この方のお話そのものが、人柄を売るということなんかなと思いましたです。
研修では、これからの活動のヒントがいっぱい詰まっていて、夜の交流会も、翌日の分散討論会も、帰りの新幹線も、ずっといろんな人と語らいをしていました。
料理もおいしかったし、充実の熱海となったのでした。
記念講演で、講師の方が、セールスについて、「こんなにいいものがある!」とおしつけトークをしても相手は心を開かない。相手が「自分にとって役に立つ」と思えば、すすんで受け入れてくれる。トップセールスの人は、商品を売らないで、人柄を売るのだ。ということを語っていました。
うーん難しいけど、日常にも通じる話。
そういえば、その講師の方の話を聞く気になったのは、最初の自己紹介のときに、@こういう機会に多数講演をしている専門家の方、A受講者の立場を理解しているよという姿勢、B仕事のかたわら、社会貢献活動もしているということ、を話されていたからかな。
この方のお話そのものが、人柄を売るということなんかなと思いましたです。
研修では、これからの活動のヒントがいっぱい詰まっていて、夜の交流会も、翌日の分散討論会も、帰りの新幹線も、ずっといろんな人と語らいをしていました。
料理もおいしかったし、充実の熱海となったのでした。
2012年02月04日
近頃の学校
★夕方、小2の女の子が公園でケガしていた。Aさんが手当して家まで送ろうとすると、夜7時まで戻ってくるなと言われているとのこと。お母さんは夜が仕事で、留守番のお姉さんから言われてる。他人に世話になったら怒られるらしい。
★髪染めて、バリカンでZ字の型を入れてる子に先生が注意したら、親からEXILEもやってるのになんであかんねんとクレーム。
★夜の仕事していて、朝起きれない母親から、子どもを起こして欲しいと学校に依頼。先生は学校に来て欲しいから電話するが、子どもはなかなか起きない。仕方なく家まで迎えにいっているとのこと。
勉強とか、生活とか、人間関係とか、自分が当たり前と思ってたことが、崩れていると感じましたです。一部の親が、一部の学校や先生が、一部の地域が悪いとかそんなレベルじゃないなあ。
みんな余裕なくなってて、そのしわよせが子どもにいってる気がします
。
普通に働いて普通に家庭生活を営んで、普通に子育てできるように、働き方を根本からなんとかしないとあかんと思う。
教育について語る人は多いけど、現場を知ってる人はどれぐらいいてるんやろか?
★髪染めて、バリカンでZ字の型を入れてる子に先生が注意したら、親からEXILEもやってるのになんであかんねんとクレーム。
★夜の仕事していて、朝起きれない母親から、子どもを起こして欲しいと学校に依頼。先生は学校に来て欲しいから電話するが、子どもはなかなか起きない。仕方なく家まで迎えにいっているとのこと。
勉強とか、生活とか、人間関係とか、自分が当たり前と思ってたことが、崩れていると感じましたです。一部の親が、一部の学校や先生が、一部の地域が悪いとかそんなレベルじゃないなあ。
みんな余裕なくなってて、そのしわよせが子どもにいってる気がします
。
普通に働いて普通に家庭生活を営んで、普通に子育てできるように、働き方を根本からなんとかしないとあかんと思う。
教育について語る人は多いけど、現場を知ってる人はどれぐらいいてるんやろか?
2012年01月31日
天災と人災
○今日のニュースでみたけど、福島ではいまだに段ボールで仕切りをして避難所暮らしを余儀なくされてる方がいてるんやなあ。
○原発事故っていうのは史上最悪の公害って言ってる人がいた。公害って考えると、原因企業と政府が責任を持つべきっていうのが腑に落ちるなあ。
○東日本大震災で、人口の10パーセントが亡くなった町もあるそうだ。堺市に置き換えると8万4千人。さらに長期の仕事がなく、失業手当も切れてしまうため、町を離れる人も多いらしい。
天災と人災。
○原発事故っていうのは史上最悪の公害って言ってる人がいた。公害って考えると、原因企業と政府が責任を持つべきっていうのが腑に落ちるなあ。
○東日本大震災で、人口の10パーセントが亡くなった町もあるそうだ。堺市に置き換えると8万4千人。さらに長期の仕事がなく、失業手当も切れてしまうため、町を離れる人も多いらしい。
天災と人災。
2012年01月28日
今日の子ども
メモしときます。
先週、つかまり正座ができるようになりました。
そして、昨日はつかまり立ちをしたそうです。
今日は、はいはいをしました。今までは後ずさりしてすわるばかりだったのに、両手両膝で前に進みました。
以上です。このメモはいつか他の場面で生きるでしょう。
先週、つかまり正座ができるようになりました。
そして、昨日はつかまり立ちをしたそうです。
今日は、はいはいをしました。今までは後ずさりしてすわるばかりだったのに、両手両膝で前に進みました。
以上です。このメモはいつか他の場面で生きるでしょう。
2012年01月25日
近畿企画
先日、近畿地方の組合の青年部で行う淡路島での交流会の実行委員会があり、ただいま引継ぎ中のため参加しました。
一日目に行う講演会の講師のテーマと人選。
★大震災や台風被害などを踏まえて、災害と市町村の役割的なお話をしていただける方に依頼しようということに。
また、交流会に原発・震災に関連したクイズをしてみる案もありました。
取りあえず依頼する方も決まったのでほっとしましたです
一日目に行う講演会の講師のテーマと人選。
★大震災や台風被害などを踏まえて、災害と市町村の役割的なお話をしていただける方に依頼しようということに。
また、交流会に原発・震災に関連したクイズをしてみる案もありました。
取りあえず依頼する方も決まったのでほっとしましたです


